弥左衛門の歴史/有田焼の歴史

有田について

佐賀県と長崎県の県境にまたがる『肥前皿山地区』は、豊富な天然の資源を背景に、各地区それぞれ『陶磁器』を主産業にしながらも、独自の特色を出しながら発展し、『有田焼』の三大様式『古伊万里』『柿右衛門』『色鍋島』を確立していきました。さらに、その後の海外との貿易を背景に「金欄手様式」が誕生。それらの様式が時代や商域に合わせながら今日の『有田焼』へと引き継がれてきたのです。

有田の地図

泉山磁石場

1616年に李参平により発見された日本で最初の磁石鉱。この発見により有田の磁器の歴史がはじまりました。江戸時代から明治中期までの約380年もの間、採掘が続けられ「400年かけてひとつの山を焼物に変えた」といわれています。泉山の陶石は、硫化鉄が多く、本焼き後に黒い点が出たり底がへこんだりするため、現在では天草産の陶石が使われるようなっていますが、現在でも埋蔵量は8500トン以上あると言われています。また、天草の陶石より温かみがあるものができるため、現在では泉山陶石を使った有田焼をよみがえらせようという試みも進んでいます。

泉山磁石場

陶山神社

陶山神社は、応仁天皇・鍋島直茂命・李参平命を奉った神社、日本で最初に有田で陶磁器が焼かれ産業として発展しつつある万治元年 (1658) に、有田宗廟神・陶磁器守護神として創建されました。以来現在に至るまで、窯元や商人の方々の崇敬を集め、一般に「やきものの神様」として親しまれています。また、白磁鳥居を始め狛犬・大盃・大鉢・燈籠等すべて有田焼であることが有名です。

陶山神社

陶祖李参平碑

有田焼創業300年を記念して大正6年に建立された、有田焼の生みの親ともいうべき李参平の石碑です。この石碑は陶山神社の境内の小高い山の頂上に立てられており、ここから窯場や町家といった有田の景色が一望できます。また、毎年陶器市の会期中、この碑前で、李参平の功績をたたえ「陶祖祭」が行われます。

陶祖李参平碑

陶祖李参平碑

日本で最初に磁器の焼成に成功した有田では、磁器の発見された泉山近くの狭い谷間に活気溢れる都市社会が形成されました。その後、佐賀藩保護のもと、磁器生産が本格化し、谷あいに「有田千軒」と呼ばれる町並みが形成され、繁栄を極めました。この町並みは、1991年に国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定され、今も至る所に焼物の歴史が刻み込まれた歴史的に価値の高い建造物が立ち並んでいます。

陶祖李参平碑

トンバイ塀

窯の中で飛び散った釉薬が付着し、一種独特の色調と光沢を持った、トンバイと呼ばれる古窯の耐火煉瓦の廃材を利用し、積み上げた塀がトンバイ塀である。

トンバイ塀

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